山岳科学学位プログラムでは「節足動物学野外実習」を担当しています。全動物種の約75%を占める昆虫類を含む節足動物の系統分類、体制を学ぶ実習です。生き物の分類を学んだり体制を理解することは、「山を知る、調べる」上でも重要です。
昆虫を繁栄に導いた大きな要因として、「翅」の存在があります。しかし、その翅が何に由来するかに関しては、長い間の論争がありました。大きく分けて二つの仮説があります。一つは「側背板起源説」、もう一つは「肢起源説」です。側背板起源説では、背板の拡張した側方部である「側背板」が翅になるという考えです。背板は体の背部にある板状の構造なので、翅が「体の背部にある板状の構造」であるというのは都合のよい仮説です。しかしこの説では、それを動かす筋肉の由来を説明できません。一方の「肢起源説」では、翅が「体の背部にある板状の構造」であることの説明には不都合ですが、肢にはそれ自体を機能させる多くの筋肉があるため、翅を動かす原動力の説明には適しています。そして最近になり、両説の折衷案として、翅は側背板と肢の両方に由来するという「二元起源説」を唱える分子発生学的研究も提唱されました。
私たちの研究室は、最近、コオロギを材料に、翅の形成を詳細に検討しました。その結果、昆虫の翅の本体は側背板由来であるが、翅基部の関節と翅を動かす筋肉は肢に起源することを明らかにしました。昆虫の翅は、背板と肢の両者に由来するとする「二元起源説」が強く支持されることになりました。このように、昆虫は元々ある構造を変化させて新たな翅という構造を獲得したのです。
図:フタホシコオロギの成虫(A)と、中期胚(B)、1齢幼虫(C)と成熟(11齢)幼虫(D)の中胸節~後胸節の拡大。中胸節のみ背板をピンク、肢の最基部節である亜基節をブルーで示している。矢印は背板‐肢境界(BTA)。成熟幼虫(D)で分かるように、胸部の側面を被う側板は肢の亜基節に由来する。また、翅(翅芽)本体は背板に起源する一方、翅の基部関節(点線で示した領域)は側板、つまり亜基節に由来する。また、翅の筋肉系も亜基節環節の内在筋(側板の内側にある)起源である。このように、翅システムは、「背板」と「肢の基部環節(亜基節、つまり側板)」に由来することになり、翅の「二元起源説」がつよく支持される。成虫(A)で「中胸側板」、「後胸側板」と示した領域は、肢の最基部節である亜基節に由来した側板で、その上端に背板から形成された翅本体が関節する。